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バババイラオーラ
田中 よね
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この3月にギリシャに行ってきた。アテネからカランバカに向かう途中の河原にジプシーの集団を見た。映画で見たのと同じ状景にショックを受けつつ、「まるで映画みたい」と妙に感動し、わけもなく郷愁をかきたてられた。
物心つきはじめたころから、なぜか、『みんな』という輪に入りきれず、ちょっと集団をはみだしているような気がした。また、そんな人に共感を覚えたりしているうちに、やがて、ジプシーという民族を知り、いつか因縁めいたつながりができるような予感がした。
大学生のころ、ブラームスのハンガリア舞曲が好きで、あの『タラララ・ララララ・ララララ・ララララ・ララ・ラーララ』というのを聞くと、なぜか狂おしい気持ちにおそわれ、やたら体を動かしては無我の境に浸ったものだった。ブラームスはハンガリーを旅行し、ジプシーに出会ったと聞く。ひょっとしてこの曲は彼ら彼女たちを表現したものだったのではないだろうか。
20代のいつか、華やかな踊りとしてのフラメンコを見た。あんな服を着て踊ってみたいと思いつつ、機会に恵まれず20年が過ぎた。40代になりやっと機会を得、弾む気持ちでドアを叩いた。フラメンコは私を歓迎してくれ、始めのころは機嫌よく跳んだりはねたりしていた。有頂天だった。しばらくすると、あれ?ちょっと違う、なんだこりゃ、と思っているうちにふいにフラメンコは私に背を向けた。「君は僕がわかっていない」
向けられた背中を見ながら、呆然と立ち尽くした。あきらめるべきか、続けるべきか。未練がましく、じっと、「僕がわかっていない」を反芻し続けた。
そして、やがて……。フラメンコは華やかで、楽しく、見えるかもしれないが、それは違う。よく見ると、演者はみんな辛そうだ。踊り手も歌い手も弾き手も。たとえ笑顔であっても、それは苦しみをくぐり抜けたあとの開放された表情であったり、やがて来る悲しみを予知し、諦観から来る表情であったり。難しいへんてこなリズムも、平らかならざる人生のでこぼこを表しているのだ。疎外された民族の来し方でもあろうか。
などなどと考えながら結局、20年も続けてしまった。熱くなったり、ちょっと冷めてみたり。ワイン城で中学生の仲間といっしょに踊ったこともあった。地震のときは、自転車と船を乗り継いでスタジオに通った。ついには還暦コンサートなるものまでやってしまった。
フラメンコはもうジプシーやスペインだけのものではない。今や、世界中にフラメンコを愛する人がいる。いつか、日本に生まれた女がブラームスのハンガリア舞曲をフラメンコで踊る。おもしろいじゃない。いろいろなフラメンコがあっていいじゃない。
そんな夢みる夢子のバババイラオーラ、21年目の今日も初級クラスに足を運ぶ。
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